ある男をみた

アイデンティティの話だった。


話を聞いただけの私ですら流れる血を繋げたくないと思うし、弟からも子供を産まないでと呪いをかけられてるのに、父親が人を殺した後の血と温い空気だけが残った家の中を見てしまったら、成長するにつれ自分の顔が父親とそっくりになるのを見続けないといけないとしたら。


逃げればいいけど逃げ方を知らない人もいる世界で、戸籍ロンダリング蜘蛛の糸が見えてしまったら手を伸ばす人は作中のタニグチやハラのようにいるのかな。


私が毎日陽気に生きてるのは、結局のところパパと私は違う人間だと理解しているし、仮に被害者から何かを言われても「知らんがな」と返せる強靭な精神を持っているから(自分で言うな)で、でも残すという行為はなんとなく嫌だ。
やる事やってるくせにダブスタクソ親父さんかな?とも思うが、そこはまあ人間の欲求は時になにがしかを上回る時もありますわな、と。
タニグチ改めハラさんが結婚して子供まで作れたのは、死にたくなるほど揺らいでいたハラという人間が、名前と過去が偽りでも確立できたからなんかな。めちゃくちゃ羨ましいよ。

ハラさんを追う弁護士のキドさんが、結婚して子供もできて確立した個を持っていたのに、追う過程で在日であることを皮切りに逆にアイデンティティが揺らいでいく様がメインストーリーなんだけど、妻の父から在日はクソ扱いされ、詐欺師の男に「本物のフリをしようとするから尚更わかる、お前朝鮮人だろ」と看破され、聞き込み中に朝鮮人はああだからと適当なこと言われ……これ以上キドさんを虐めてやるなよ……と思った。
追い打ちをかけるように「帰化したから日本人」というアイデンティティが壊された後に妻から「仕事を家に持ち帰らないで。いつもの貴方らしくない、早く元に戻って」と言われ、事件解決した後は妻の不倫発覚して夫と父という個すらぐちゃぐちゃにされるのゲロ吐きそうだった。
ラスト、バーで見知らぬ人相手に1から10まで自分ではない人間の話を自分の事のように話をして……。
「誰かわからない人」を探していたはずのキドが「誰かわからない人」になってた。怖かった〜。

他人の人生を追って何になるの?とキドの妻が言って、そのアンサーが追ってる時は逆に気が楽になる。現実逃避だ。と返していたので、あのバーでの会話もキドの現実逃避の行動なのかもしれない。
違う人間のフリをすれば、妻に浮気されたキドという人間のことを考えなくていいじゃん。
そういった「逃げ」の一手に走らないと生きていけない人もいる。
みたいなことをキド自信がハラの妻とタニグチの兄に解決報告時に言うんだけど、キドもあの瞬間そうしないととてもじゃないけど生きていられなかったんやろな。
キドが可哀想な映画で、苗字という手っ取り早い個の証明を無くしたけど、自分たちはハラを愛していたし愛されていたよね、とふんわりしてるけど事実として残された家族は逆に強固になった差が良かったな。